こんにちは。占い師の北川サンゴです。

ツイッターで「何者にもなれなかったサブカル女子」を主人公にした漫画が人気になってました。

「普通の人でいいのに!」という漫画です。

漫画はこちらです。

これはアイデンティティの問題ですね。

「何者にもなれなかった」というのはアイデンティティの喪失です。

アイデンティティとは自己同一性とも呼ばれ「自分が自分である」という確固たる感覚が存在することを言います。

「自分の存在意義」と言ってもいいでしょう。

一般的には思春期に確立するものとされていますが、実はこれは人生の節々で何回も確立しつづける物なのです。

だいたい男性も女性も30歳〜35歳をすぎたあたりから2度めのアイデンティティ確立を迫られます。

ミドルエイジ・クライシスというやつですね。

20代のころは有望な若手とか初々しい女の子としてある種希望に満ちた扱われ方を周りもしますが、35歳ぐらいから20代にやってきたことの成果が顕著に表れてくる。

収入や社会的地位、結婚の有無、子どもの有無、配偶者のスペック…など、そういう20代の人生の成果が如実に表れてきて、同世代の人たちとの差が顕著にわかるようになる。

そして健康診断などの結果がイマイチになってきて、体力的にも容姿の面でも老いを実感するようになってきて、自分の人生の延長上に確かに死があるんだなと意識するようになる。

そんな意識の変化に直面すると「私の人生これでいいのだろうか…」と悩むわけですね。

先日から藤井聡太棋聖に殺害予告などをして捕まってしまう中年男性が複数出てますが、それはこのミドルエイジクライシスの影響でしょう。

このようになってしまうのは競争社会の弊害でしょうね。

日本人はとくに競争好きな民族です。江戸時代の昔から「番付」という娯楽がありました。

相撲の強さだけではなく美人番付やお菓子の味、晩御飯のおかず、災害時の寄付金、鬼嫁など様々なものが番付化されてランキング化されていました。

今でもその性質は残っていて、アフィリエイトブログなどではランキング形式にすると如実にアクセス数が上がるというのが定説になっています。

テレビでもよく○○ランキングとかやってるでしょ、カウントダウンTVとか。

そのように日本人は何でもランキング形式で考えるのが好きな上に、偏差値教育で徹底的に自己をランキング化されますから自分が社会のどの程度のランクにいるかというのを常に気にしています。

このように考えるとゆとり教育というのはそこまで悪くなかったのかなと思えてきます。

全世代の中でゆとり世代には唯一このようなランキング好きの傾向がありません。

ゆとり世代に意識調査をすると「別に出世はしなくていい」「今を楽しく暮らしたい」そのような傾向が顕著に出てきたそうです。

これがさらに下のさとり世代になると再び「社会に貢献したい」「人から認められたい」というようなガツガツした意識が出てくるらしいです。

私達は意外とゆとり世代に人生を学ぶべきなのかもしれませんよ。

「ゆとり世代になんか学びたくない!」という方はぜひ北川の占いに起こしください。

北川はゆとり世代より上の世代ですからあなたの気持ちはよくわかります。